自己満足してますか(その2)
こんにちは。昨日「ウチはまだ大丈夫」と書いたばかりなのに8月の売上を見て気絶した販促ツールメーカーGRIT!ヨシダです(>_<)
気を取り直して昨日の続き。
こんな図がある。
マズローさんという経済学者がいる。
その人が表した図式で、人はこの図の下から上へ向かって欲求が移り変わっていく、というもの。
下3つは赤ちゃんから小学生レベルの欲求とも言える。
重なりがでるが、真ん中から上3つは学校生活から社会人としての欲求とも言える。
もちろんこの図式は上に上がれば、下に降りないということではなく、火事や天災に遭った被害者の頭は下二段で頭がいっぱいになってしまうし、イチローのように子供の頃から最上段を目指して生きる人もいる。
で、なにが言いたいかというとほとんどの欲求は、本人の判断すなわち自己満足できるかどうかということにかかっている、ということだ。
それを消費活動という面でひっくり返せば、売る側が買い手の自己満足をさせてるかどうかということでもある。
特に
自我の欲求=ヨシヨシとかスゴーーイと褒めてもらえること
集団帰属の欲求=何あの人と後ろ指さされないこと
この二つは嗜好性が強いので、上手くくすぐれば「高くても売れる」という絵が描ける。
ヴィトンなどのブランド品、「いつかはクラウン」と言えてたころの車の階層的構造などはズッポシとハマる。
もちろん世の中にはそんな商品ばかりではない。
歯磨き粉や米なんかは下二段の欲求しか満たさない。
そういうものはどうすればいいか?
王道で言えば品質を上げブランド化するのが良いだろう。でも差別化できない状況であれば「血液型別歯磨き!」とか「受験合格米!(合格御札入り」などと違った切り口で上のレベルである自我や集団帰属の欲求をかき立てることを考えればいい。
日本が今いくら不況や生活苦という状況に追い込まれたように見えても、饑餓大陸でもないし第二次大戦後の食糧難というわけでもない。
一度贅沢を知ってしまった日本人は、節約モードになっても自我・集団帰属の欲求はかき消せない。
逆に贅沢を知ってしまったので、単にモノを作っても売れないことも事実。買おうかどうか心の助走に入ったとき、財布を開くためには「物語り」が必要になってきた。その物語りを上手く作ることができるかどうかがイマドキの商売では勝敗を左右する。
車のことを思い浮かべてみよう。
家庭用電話機やケータイ電話も思い浮かべてみよう。
どれも似たりよったりの商品ばかりがずらりと並ぶ。
車はくさび形のヘッドライト、空力を意識したフォルム、安全性重視で狭くなった窓。
家庭用電話機も何がいいのか全くわからない。ケータイもそう。
いざ買おうと思ってカタログやネットで調べ始めてようやく違いが理解できるレベル。
はっきり言って車は冷蔵庫やエアコン・洗濯機みたいに個性を失ってしまった。
これでは買いたくならない=売れない。
昨日書いたように大手の上場会社は手堅い伸びを期待され失点を嫌う。中で働く人は全てサラリーマン。一つ一つの商品に物語りをつけることは解っていてもできない流れになっている。でも大手がそうだからといって、右にならう必要は全くない。
「あ〜〜これ欲しかったんだぁ〜」と自己満足してもらえる物語りを用意すれば財布の紐はけっこう緩む。ヴィレッジバンガードが巧妙なのは小さな手書きPOPだけでマズローさんの図で言えば上から3つを期待させる言葉のオンパレードで店中満ちあふれている。
自己満足させてるかどうか。
売上が悪いと嘆く前に今の売り方(=過去の成功)が時代にマッチしているかどうか冷静に判断することが何より必要だ。
















