
今日は土曜日でなんとなくノンビリ気分の流れる販促ツールメーカーGRIT!代表ヨシダのブログへようこそ。
今日はウチの犬どものお話。
Hal(8歳)とLeo(2歳)は、血はつながっていないものの同じラブラドールレトリーバー。一般的には盲導犬や麻薬探知犬に使われる犬として知られている。でも二頭ともそんな片鱗はかけらも見せず、基本的に昼は会社、夜は自宅とエアコンの効いた場所でノンベンダラリと過ごしている。そしてたまの週末に海・川かドッグランに連れていくと俄然やる気を出して飛び回っている。
たいした数の芸も仕込んではいないけど、とにかく人間と24時間365日接しているので、「ちょっとどいて」とか「ぶちょー(ヨシダ)のところ行って」など人間語ををなんとなくだけどかなり覚えている。
そんな二頭と暮らしながらボクはいくつか奴らに求めることがある。
それはdiscipline(ディシプリン)といい、日本語に訳すと「規律」という意味だ。
●他の犬とけんかをしない
●ムダ吠えしない
●拾い食いしない
●車道に出ない
●止まれの合図で一歩も動かず止まる
●「おいで」の合図で帰ってくる
●「アトへ」と言われるとボクの左足に沿って歩く
こんなところだろうか。これらのことをHalとLeoは「言われてしぶしぶ従う」というレベルではなく、自主的に行動できるよう身につけている。
結果的に散歩に出てリードをつながなくても交通事故に遭う心配はほとんどないので、早朝5時くらいには二頭ともノーリードで散歩することが多い。
犬にリードをつけないということの道徳的是非はとりあえず今日は置いといて、奴らがdiscipline(ディシプリン)ということを体に染みつかせているので、自由気ままにボクの前後数十メートルに渡って、行ったり来たり、匂いをかいだり好きなように行動できる。
これは人間にも当然ながら適応されるものだ。自分自身で自分に対し、いくつかの規律を設け、その規律に自主的に従う。これが前向きで、自己成長に役立つものであればあるほど、そしてそれが年を追うごとに増えるほど「自由かつ自動的な成長」を遂げられる。
と、偉そうなことを書いても、じゃあオマエはどうなんだと言われるとまだまだだ。
●ムダぼえしない(笑)
●新聞を毎日四紙読む
●夜寝る前に必ず歯を磨く
●常にアンテナを張る
●常に販促物を手当たり次第持ってくる
●常にアイデアを考え続ける
こんなところだろうか。松下幸之助さんや稲盛和夫さんの本を読んだりすると一万光年くらいかけ離れた大きなココロで自己規律を行っていたのだろうなと推察される場面が頻繁に出てくる。
しかし、このdiscipline(自己規律)を持つか持たないかでは、人生で得られるものが大きく違ってくるし、結果的に自分自身が自由でいられる。
ウチの犬たちはdiscipline(自己規律)を持っているから、自由気ままに散歩できるし、逆にそれを身につけさせてもらえなかった犬は一生繋がれっぱなしなのだ。この差はでかい、とノンビリムードの土曜日に安楽に寝ている犬たちを見て思うのでありました。
右がHal、左がLeo。雄同士で去勢もしてないのにあんまり仲がいいのでモーホーではないかと疑ったりする(笑)